Home » 医師とは » 医師の歴史

医師の歴史


医師の歴史

古代、病気は悪霊や悪魔のたたりなどと信じられていたので、「医師」という職業は世界各地で宗教と密接に関わっていたものが多い。今日、日本で一般的に「お医者さん」「医者」「ドクター」「先生」と呼ばれるが、「医師」という名称が正式に確立されて使われるようになるのは、明治以後のことである。 

医師の始め(西洋)

古代ギリシャに登場した、医学の父、医療の父と呼ばれているヒポクラテスの影響が大きい。彼は観察に基づく医学の体系を大勢の医師と共に数百年を費やして作り上げた。現在でも『ヒポクラテス全集』として残っている。
5世紀から15世紀まで続いた西洋の封建時代。西ローマ帝国を滅ぼしたゲルマン民族は、職業として医師を持っていなかった。封建時代の当初は戦争続きで、保健・医療どころではなかった。しかし、安定した秩序が築かれた後、8世紀~12世紀にかけて修道院が保健・医療の中心となる。また病院のルーツの一つは、修道院である。
中世後期になると、保健・医療は聖職者の手から一般人の医師の手に移る。背景には商人と職人が経済的に成長し、都市の発展が保健・医療活動を担うだけの条件を備えてきたのである。そして、都市の世俗的勢力が医学校や大学を作った。例えば、イタリアのサレルノでは9世紀後半に医学校が作られた。これはヒポクラテス協会を基盤に成立した、ヨーロッパ最初の組織的医学教育を行う学校である。
19世紀始めから顕微鏡の画期的な改良があり、これを研究手段としてドイツを中心に細胞レベルでの病理学が急速に発展。さらに同世紀後半には、パスツールやコッホたちによって細菌学が発展した。
 

医師の始め(日本)

日本でも古代より「医」は巫女、陰陽師、僧侶によって中国から伝えられた呪術、医療が行われていた。中国の伝統医学が中国から日本に伝えられたのは、遣唐使などにより中国との交流が盛んになった6~7世紀頃といわれている。それまでの医学は「和方」と呼ばれ、それらは漢方医学(東洋医学)に次第に吸収されていった。984年には現存する日本最古の医書『医心方』(いしんぽう)が丹波康頼によって編集された。13世紀頃は禅宗の僧が医学の担い手となった。
徒然草の第117段で吉田兼好は、「良き友三つあり。一つにはものくるる友、二つにはくすし(=薬師)、三つには智慧ある友」と述べており、「薬師(くすし)」は、外科が存在しなかった中世以前、現代の医師の役割を果たした。薬師と呼ばれた和漢薬の専門家が、日本における医師の起源である。
室町時代になると、医師を職業とする人が現れ始めた。明に留学した僧侶、田代三喜は金元医学を学んだ。その弟子で織田信長や豊臣秀吉らに重用された曲直瀬道三は金元医学を解説した『啓廸集』(けいてきしゅう)を著わし、また医学舎「啓廸院」(けいてきいん)を作り、多くの弟子を教えた。この時代に医学と宗教の分離が行われた。
江戸時代以降、日本は独自の漢方医学を発展させ、薬学である本草学を中心に診療が行われていった。華岡青洲は、記録上世界最初となる麻酔による乳癌手術を行った。
鎖国時代の日本では、西洋医学は蘭学の一つとして広まっていった。1774年、杉田玄白や前野良沢らは、ドイツ人クルムスの『解剖図譜』の蘭訳書『ターヘル・アナトミア』を日本語に翻訳して、『解体新書』として出版した。
1823年、オランダ商館の医師として来日したシーボルトは鳴滝塾を開設し、西洋医学(蘭学)教育を行った。塾生は後に医者や学者として活躍し、とくに、高野長英・二宮敬作・伊東玄朴・小関三英・伊藤圭介らが有名である。
明治政府は西洋近代医学のみを正規の医学として認める政策を取り、西洋医学の修得者のみを医師として認める法律を発布した。
 

医師の始め(中国)

中医学(中国伝統医学)とは、中国に伝統的に伝わる医学のこと。これが日本で発展したものが日本の伝統医学である漢方に、韓国で発展したものが韓国の伝統医学である東医学(韓方)になった。東洋医学を狭い意味でというと、中医学を示す。
中医学の成立時期には諸説あるが、古代中国の殷王朝・周王朝(紀元前1500年~700年頃)時代、黄帝とその家臣による問答を記述したといわれる世界最古の医学書「黄帝内経」(紀元前1200年頃といわれている)が記された頃と考えられている。
中国の伝統医学である中医学を実践する医師のことを、中医師(ちゅういし)と呼ぶ。

病院(医院、診療所)の始め

日本で最初の病院は、1557年に外科医でもあったポルトガルの宣教師ルイス・デ・アルメイダによって大分県に開設されたものであるといわれ、外科、内科、ハンセン氏病科を備えていた。これが、西洋医学が初めて導入された場所ともいわれている。 海外においては、キリスト教の修道女・修道士が神に仕えるために病人を集めて日常生活上の世話をしたのが始めとされ、看護活動の原点でもある。